斑紋が良く見えるように紙を置いてみました。
写真の種はSylvicola japonicus (Matsumura, 1915)です.S. matsumuraiではないと思います.日本列島にはSylvicola属が8種棲息しています.それらは私が作った次の検索表で区別できると思います.
日本産Sylvicola属の雄の検索表(雌にもほぼ使える)
1.M1脈とM2脈は基部が著しく接近するので,両脈の基部の間隔はM2脈とM3脈の間隔よりはるかに短い;翅端部は全く暗色にならない..............2
M2脈の基部はM1脈とM3脈の基部のほぼ中間にある;翅端部には暗色部があるが,まれにほとんど消失することもある................3
2.r1室の斑紋はR2+3脈を越えない...S. fusucatus
r1脈の斑紋はR2+3脈を越えて,R4+5室に達する...S. punctatus
3.後腿節は一様に黄褐色..........4
後腿節は中央ないしやや先の方に幅広い暗色環をもつ.....7
4.中胸楯板には明瞭な暗条がある.......5
中胸楯板はほぼ一様に暗色である....未同定種1
5.中胸楯板には幅広い3本の暗色帯があり,中央の暗色帯は極めて細い淡色条が中央を走ることもある.....6
中胸楯板は密に灰褐色の粉で覆われ,4本の細い暗条がある.内側の2暗条はこれと同じ幅の灰褐色上で明瞭に区分される......未同定種種2
6.r2+3室端の翅端暗紋の内縁は判然とした境界となり,これと縁紋下の暗紋との間は明瞭な透明紋を形成する;R2+3室端の暗紋はR4+5脈を越えてr4+5室の前半部に拡大する.... S.japonicus
r2+3室端の翅端暗紋の発達は悪く,その内縁は極めて不明瞭であるために,この内側に顕著な透明紋を形成しない;R2+3室端の暗紋はR4+5脈を越えないか,越えても極めて不明瞭である...... S. matsumurai
7.翅端部は広く顕著に暗色化し,r2+3室とr4+5室の亜端部には顕著な透明紋を現す;第1-3腹節は暗褐色;後腿節の暗環は節のほぼ中央に位置する;雄は合眼的.... S. suzukii
翅端部は前部がやや暗化する程度であり,r2+3室の透明紋はかなり明瞭であるが,r4+5室には顕著な透明紋を現さない;第1-3腹節は黄色で,背板中央には暗条を現す;後腿節の暗環は中央より先に位置する;雄の両複眼は額で細く分離される.... 未同定種種3
なお,日本昆虫図鑑および原色日本昆虫大図鑑のS. matsumuraiはS. japonicusの誤同定,後書のPhryne japonicaは前述の検索表の未同定種種2に相当します.極東ロシアのKrivosheinaによる本科の部分で,S japonicusは上記未同定種種2に相当し,S. suzukiiの同定は正しく,S. matsumuraiは上記未同定種種1に相当します.S. matsumuraiの雌は雄よりも胸部が黄色くなる傾向が強いのですが,かなり暗色の個体もありますので,この形質はあまり当てになりません.
このような次第ですから,本属の同定に既刊の図鑑類を用いるのは不適切です.
アノニモミイア様、検索表まで掲示して下さり有難うございます。
日本産昆虫総目録以外に2種程度は日本に生息しているだろうとは思っていましたが、8種も確認されていたのですね。
私もKrivosheinaの検索を翻訳しては見たのですが、途中で♂交尾器の形質を使っているので最後まで辿りつけませんでした。
彼が図示した交尾器も、Okada(1935)の文献と異なっており、悩んでおりました。ところで、S. suzukiiの交尾器の図もOkadaの図とは大分違うようですが、如何でしょうか?
極東ロシアの昆虫の検索は、日本産の双翅目も多数含まれているので便利そうなのですが、ハナアブ科の場合はタイプ標本等を調べずに原記載や再記載・図鑑など元に検索表を作っているので間違いが結構ありますね。
疑問に思って、著者に直接問合せたら、私も実物を見たことが無いと回答された種類もありました。
また、検索表だけで終わっている種類が殆どなので、全く別の種類にたどり着いても気がつかない危険性もあります。
それにしても、日本昆虫図鑑と原色日本昆虫大図鑑の両方とも間違っているのには驚きました。
大変貴重な内容を公開して頂き有難うございました。
今後ともよろしくお願い致します。
市毛様 カバエの従来の文献について1,2説明します.
1.S. japonicusは松村松年先生が1915年に昆虫分類学下巻のp.53で記載された種です.この中で,「胸背ニ三個ノ黒縦條アリテ,中央ニアルモノハ太ク後縁ニ達セズ,両側ニアルモノハ少シク細ク,前縁ニ達セズ」とあります.また,Okada (1935)も,検索表で「Thoraxruecken dunkel grau, mit 3 weniger sichtbaren Streifen」と記述し,記載でも「Mesonotum grau mit 3 nicht so deutlichen, schwarzbraunen Streifen」と記述しています.Okada (1938)の記述もほぼ同様です.問題はOkada(1935)が,japonicusの雄交尾器として,p.168に示したものが実は真のjaponicusのものではなくて,北海道ではかなり普通種である私の検索表の未同定種2の交尾器です.この未同定種は胸背中央部には明確に分離された細い2暗条があり,これは松村先生の原記載には全く一致しません.Krivosheinaは彼女の極東の本で,Okadaの図からjaponicusを同定したので,誤同定をしたわけでして,彼女のjaponicusの交尾器の図はまさにOkada(1935)のjaponicusの交尾器の図に一致します.これらの図は私の未同定種2に相当します.
2.S. suzukiiの交尾器については,Okada (1935)の図も,Krivosheinaの図も同一のものです.ただ岡田一次先生はこの作図で,乾燥した交尾器を使ったのではないかと思います.なお,suzukiiはS. distinctus Brunettiに大変良く似ていて,同種かもしれませんが,インドの標本を持たないので,交尾器の比較をやっていませんから,現段階では同一であるとは断言できません.
3. S. matsumuraiは和名もキイロカバエ(松村先生はキバラマダラカバイという和名を使っています)ですが,言われているほど黄色っぽいハエではありません.中には雌で体がほとんど黄色の個体もありますが,通常はjaponicusよりやや淡色という程度です.
なお,前便の検索表で未同定種2のところで灰褐色上とあるのはお気づきでしょうが灰褐色条の誤入力です.また,fusucatusはfuscatusの間違いでした.また未同定種種はもちろん未同定種です.
以上ご参考までに.
茨城@市毛さん、アノニモミイアさん>
興味深い投稿をありがとうございます。
文字の誤入力に気が付いたときなどは、投稿者本人であれば
当BBS下の方に削除&修正のできる機能がありますので、そちらの機能もご利用下さい。
修正を選択し、記事No. 暗証キーを入力しますと修正フォームに行けます。元の投稿も出てきますので、それを修正していただき指示通りにやれば修正された記事が表示されるようになります。
アノニモミイア様、詳細な説明ありがとうございました。
Okada (1935)で交尾器が別種のものというのも、かなり深刻なことですね。タイプ標本が身近にある先生が詳細に書かれていたということで、全く疑いもしませんでした。
ほんとになんと御礼を言ったら良いかわかりません。
ありがとうございました。
Sylvicolaの同定が検索表で自信がない場合のために雄の交尾器の略図を添付しましたので,参考にしてください.ただし,本属はスイーピングですと採集される個体の多くは雌です.雌は野菜などの腐敗物に簡単に産卵するそうですから,生かしておいて産卵,飼育して雄を出すのも一法かもしれません.私は本属ではやったことがありませんが,例えばキノコバエ科の同じような食性を示すAllactoneura属(体がやや太くて黒色,腹部前半が淡色,翅が縦に3重位に畳まれる属)の種や,今から個体数が増加するガガンボダマシ科のTrichocera属などは同様の方法(例えば果物の芯,人参のしっぷりの傷みかけたもの)で簡単に飼育できます.
アノニモミイア様。
長年かけて調べていた交尾器の図まで掲示して頂きありがとうございます。
また、飼育の方法など細かいことを教えて頂きありがとうございます。双翅目の飼育は、ごく一部の種類以外本等に書かれていないので、手探りで試行しておりました。
今度色々と試して見たいと思います。
ありがとうございました。
アノニモミイア様
先日名古屋の知り合いから名古屋市内のハエの同定を頼まれ、いろいろ見ていた中に熱田神宮内で3月に採れたカバエ科が3♂入っていました。早速、アノニモミイア様が公表していただいた検索表と交尾器画像で同定したところ、検索表でも交尾器画像でもともにマダラカバエ Sylvicola japonicus (Matsumura, 1915)となりました。これで自信をもって同定結果を報告できます。どうもありがとうございました。
取急ぎお礼まで。
ケンセイ@生息地:小平市
ケンセイ様,検索表をお役に立てていただいて喜んでいます.しかし,公表する以上責任がありますので,前回の検索表の不備を一部訂正や補足したものを掲示します(前回の掲示を修正するための暗証キーを忘れたので).宜しくご利用ください.交尾器の図も含めてほかに引用されてもOKです.
日本産Sylvicola属の種の雄の検索表(雌にもほぼ使える)
1.翅の中央室端から派生する箇所で,M1脈とM2脈は基部が相互に著しく接近するので,両脈の基部の間隔はM2脈とM3脈の基部の間隔よりはるかに短い;翅端部は全く暗色にならない.........2
翅の中央室端から派生する箇所で,M2脈の基部はM1脈とM3脈の基部のほぼ中間に位置する;翅端部には暗色部があるが,まれにこれがほとんど消失することもある......3
2.r1室の斑紋はR2+3脈を越えない...S. fuscatus (Fabricius, 1775)
r1室の斑紋はR2+3脈を越えて,R4+5室に達する...S. punctatus (Fabricius, 1787)
3.後腿節は一様に黄褐色..........4
後腿節は中央ないしやや先の方に幅広い暗色環をもつ.....7
4.中胸楯板には明瞭な縦の暗条がある.......5
中胸楯板はほぼ一様に暗色で,明瞭な縦の暗条を欠く ......未同定種1
5.中胸楯板には幅広い3本の暗色帯があり,中央の暗色帯には,その幅の1/2より狭い極めて細い淡色条が中央を縦走することもある.....6
中胸楯板は密に灰褐色の粉で覆われ,4本の暗色条がある.内側の2暗条はこれと同じ幅の灰褐色条で明瞭に分離される......未同定種2
6.r2+3室端の翅端暗紋の内縁は判然とした境界となり,これと縁紋下の暗紋との間は明瞭な透明紋を形成する;r2+3室端の暗紋はR4+5脈を越えてr4+5室の前半部に拡大する......S. japonicus (Matsumura, 1915)
r2+3室端の翅端暗紋の発達は悪く,その内縁は極めて不明瞭であるために,この内側に顕著な透明紋を形成しない;r2+3室端の暗紋はR4+5脈を越えないか,越えても極めて不明瞭である........S. matsumurai (Okada, 1935)
7.翅端部は広く顕著に暗色化し,r2+3室とr4+5室の亜端部には顕著な透明紋を現す;第1-3腹節は暗褐色;後腿節の暗色環は節のほぼ中央に位置する;雄の両複眼は合眼的,額で密着する......S. suzukii (Matsumura, 1916)
翅端部は前部がやや暗化する程度であり,r2+3室の透明紋はかなり明瞭であるが,r4+5室には顕著な透明紋を現さない;第1-3腹節は黄色で,背板中央には暗縦条を現す;後腿節の暗色環は中央より先に位置する;雄の両複眼は額で細く分離される......未同定種3
未同定種は東南アジアから記載されている多数の本属の種の検討を終えないと,学名が決定できないものです.
以前このスレッドで日本産カバエ属Sylvicolaの種の検索表を示しました.その検索表の問題点について2008年2月3日に学名の適用の変更について投稿しましたが、その投稿がこのスレッドとはべつに独立のスレッドとしてしまいました。そのために、本スレッドの検索にしたがって同定すると、現行とは異なる同定結果になります。それで、2008年2月の投稿内容とほぼ同様のものを、本スレッドにも示しておきます。カバエ属の同定にはご注意ください。
「このスレッドで2007年2月にSylvicola japonicusについて原記載の記述と付図が異なる種であるから,この学名は原記載の記述にあう種,すなわち中胸楯板に3本の縦条を持つ種に適用しておきました.しかし,その後,本種の北大の模式標本の検討を行ったところ,北大に残っているsyntypesは原記載の記述とは異なるもので,原記載で図示されているのに相当する個体だけでした.そのために,現状では中胸楯板に4本の縦条が明瞭に現われる図示されたもの(検索表で未同定種種2としたもの)に,japonicusの学名を当てざるをえないことになりました.これも残念ながら暫定処置で,原記載の記述に一致する標本があるいはどこかに残されているかもしれません.無理に今残されている標本を後模式標本(lectotype)に指定してしまうのはまだ時期尚早と思われます.最近発行の北隆館の新訂原色昆虫大図鑑第三巻の392ページでもこのような分類学的処理がなされていますので,皆さんの注意を喚起します.」
なお、検索表で示した種のほかに、7にくる種がもう1種発見されました。この種は腹部背板が暗褐色で、各背板の後縁がやや広く黄色になっている(腹部に明瞭な横縞がある)ものです。福岡県の脊振山で1頭の雄が採集されています。